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 ボクのセカイをまもるヒト② 著:谷川流     【ライトノベル雑感】
2006/09/09 14:25

ボクのセカイをまもるヒト②
「ボクのセカイをまもるヒト②」
電撃文庫。 (→amazon  →bk1

シリーズ2作目。
1作目の感想を見てもらえば分かる通り、わりとフォローのしようがないレベルで面白くない(だけれど興味深い点は存在する)というのがこの作品の簡潔な評価だったわけですが。
化けたというか、化学変化したというか。
1巻の時点でもそういう片鱗は少なからず見せてたけど、余計にそっち方面に特化したというか。
これは一言で言えば、谷川流の創り出した世界を楽しむ作品であると思う。
普通の作品はどれだけ世界観や世界構築が緻密であっても、最終的に楽しむのは「物語」であると思うんですよね。
ところがこの作品においては、物語──その世界の中でキャラがどういう動きをするのか──にはあまり意味(価値)がない。
あくまでその世界の有りようを楽しむだけ。

それとは別に一つテーマとして作中で扱われているのが「オリジナル」の定義のようなもの。
朝凪津波の(作品内における)特殊性というのは1巻の感想でも書きましたけど、その彼女にこの手の講釈をさせるというのも非常に興味深い。
概ねのところ、極論に過ぎない戯言なわけですけど、わざわざ小説という媒体を通して伝えるべきメッセージではないと思うんですよね(爆死)
これが例えば、あとがきの一部であったり、エッセイ本のようなものに書かれているならば、そう珍しいことでもない。
作中でキャラクターに語らせていることにどういう意味があるのか、その辺を深読みしだすと、なんかもう大変です。

それともう一つ。
これも1巻の感想で取り上げたけど、タイトルにもある「セカイをまもる」ということについて。
前回の感想で書いたことは戯言に近かったんですけど、今回の話からはどうにも谷川氏も「まもる」ということを都合良く解釈したくはないみたい?
結果的に、今回登場した幼馴染は敵対する者に操られていたけれど、だからといって、綾羽の言動は一般的に是とは言えないはずで。
最終的に綾羽が正しかった、的な解釈を主人公はしてますけど、それは今回たまたまそういう展開になっただけで。
少なくとも今後もその姿勢が変わらない以上、何の解決にもなってなくて。
主人公(の命)を守ることが全てにおいて優先されるということは、実際はとてもとても怖いこと。

1000人の命と主人公の命が天秤にかけられた時、綾羽は何の躊躇もなく、主人公を選ぶ。
多少主人公が危険な目に遭うだけで1000人の命が救えるという状況でも、彼女はその選択肢を選ばない。
そのことで主人公がどれだけ心を痛めようが、主人公が無事ならばそれで良しと考えてしまう、ある意味、世界の敵と言ってもいいかもしれない。
まぁ、今後の展開でそういう部分も変わっていくのかもしれないけどね。
ちなみに。
この言い方だと綾羽というキャラが嫌いなように聞こえるかもしれないけど、むしろ好きですよ?(爆死)


ともあれ、何となくシリーズの方向性も掴めたので、これはこれで続きが楽しみな作品になりました。
とてもじゃないけれど、誰かに薦めようとは思いませんけどねっ!
あぁ、あと挿絵のことで少し……
カラーのところで結構際どい(性的な)挿絵があったから、まぁ、そういうシーンが出てくるのだろうとは思ったけど、ラノべでこれはやりすぎじゃないかなーと思わないでもない。
特に187ページの挿絵はちょっと……酷いと思う。
どこのエロゲの陵辱シーンかと思いましたよ。
ラノべでは乳首書いてなければOKくらいの規制しかないのかもしれないけどね。
ただ、そのシーンの描写も含めてラノべでやる必要はないと思う。
イラストレーターがエロゲ会社所属ってことで、抵抗が全くないのも原因なのかもしれないけど。
自分が気にしすぎということもあるとはいえ、それをやるのに適したメディアというものがあるでしょう。