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 マキゾエホリックCase2 大邪神という名の記号 著:東亮太     【ライトノベル雑感】
2006/06/01 09:42

マキゾエホリックCase2 大邪神という名の記号
「マキゾエホリックCase2 大邪神という名の記号」
角川スニーカー文庫。 (→amazon  →bk1

マキゾエシリーズ2巻目。
これはまた何と言うか、普通のラノべしちゃってるのが痛いなぁ。
1巻の感想でも書いた通り、この作品の肝は「登場人物を全て(正確には主人公のクラスメイト30人)記号化している」というアイディア一点勝負なんですよね。
だから、その記号化がイマイチ活かされないまま普通にストーリー展開されると、一体どこに魅力を見出せばいいのか分からなくなる罠。
しかも、今回はその記号化されているクラスメイトの新規登場人物がほとんどいなく、記号化とかは関係ない他のクラスのキャラがメインになってるあたり、作者の描きたいことが不明瞭すぎる。
未だに未登場の約半数のキャラは今後全員出てくるのかねぇ。
その前に打ち切りっていうか、シリーズ終了になる方が早いような気がしないでもない。

あと、前回はさほど感じなかったんですけど、この記号化された30人のクラスメイトというのがストーリーを進めるほどに厄介に思えてきたり。
例えば、今回比較的出番が多いキャラの中に「勇者」やら「ロボット乗り」がいるんですけど、どっちも主役級キャラなんですよね(何)
そういう濃いキャラがいっぱいいるものだから、どうにもごった煮的な感じが強くて。
30個の作品から30人の主人公を集めて、一つの世界(作品)に集約してるようなもので、どうにも狭苦しさが拭えないところ。
「スパロボ」で各作品の主人公だけが集まってる様子を想像すると分かりやすいかもしれない(爆死)

でもって、そういう何でもありな非常識な様子を見ていて、とある作品が思い浮かんだりして。
「撲殺天使ドクロちゃん」なんですけどね(爆死)
パッと見の印象こそ共通点は見当たりませんけど、突き詰めると同じような作品に思えてきます。
不条理系というかな……
あそこまで極まっちゃってるわけでもないので、こちらはどうにも中途半端な感は否めませんが。

文体、というか構成は「涼宮ハルヒの憂鬱」に少し似てるかも。
主人公の一人称テキストで、その主人公が完全受動的なところが(苦笑)
主人公の記号は「受難(マキゾエ)」なので、勝手に事件に巻き込まれるのは問題ないんですけど。
巻き込まれて何もしなかったり、或いは何かをするたびにしなきゃよかった的後悔の連続なんで、感情移入しづらいとかそういう次元の話じゃなく、客観的に見てもちぐはぐな印象。

それと、これはどうでもいいんだけど、この作者やたらと小さなことにこだわるところがあって。
いや、小さなところにこだわるというか、気付きもしないような異様に小さな伏線を張るのが趣味なのか?
まず、一つ自慢したいことがある。 この日私が咥えていた食パンは、歩道橋の上を走っている最中人にぶつかって引きちぎれ、青森行きのトラックの荷台に落ちて旅立って行った。 ちょっとした快挙だった。
というような文章が脈絡もなく唐突に出てきて。
本当にこれ以上ないくらいにどうでもいいことで、ギャグにしても面白いどころか寒くない?ってレベルの事柄であるにも関わらず、この「食パンが青森行きのトラックの荷台に落ちた」ということがラストへの伏線になっているという、なんというかミステリー。
こんなことを伏線にしてしまえるのは一種の才能ではあると思うけど、あんまり凄いとは思えないのが切ない。

とりあえず、早いところ残りの一度も登場してない半数のキャラを出して欲しいね。
今回は「電波」こと遠乃キミオの出番もなくてしょんぼり。
「黒幕」はウザったいくらい出てくるんですけどねぇ。