
「ヒトクイマジカル 殺戮奇術の匂宮兄妹」
講談社ノベルス。 (→amazon →bk1)
戯言シリーズ6作目。
(「サイコロジカル」を上下巻で1作とするなら5作目w)
感想としては一言、ここまでやっちゃえる大胆さは普通の作家には真似できないなぁ。
「クビシメ~」や「クビツリ~」もそこそこに大胆な展開でしたけど、これは更にその上をいく感じ。
「次に眼を開けたとき、ぼくは地獄を見る」
物語中盤のテキストですけど、ぶっちゃけ、この手の展開はそんなに珍しいわけでもないですよね。
それまでの日常(平穏)から一転する時に用いられる常套句のようなもので。
ただ、その後に待ってるのが本当に地獄そのものというのは……なかなかないですよ。
自分からしてみれば、この手の展開をいくら見ても「痛い」だとか「鬱」みたいな気持ちは全く湧き上がってこないんですけどね。
それどころか、むしろこういう展開をこそいつも望んでいますから。
だから、これは、この結末はとても納得のいくものだったかな。
以下、ネタバレ。
姫ちゃんはねぇ、うん、良い子だったなぁ。
そしてこんな結末を迎えてしまった一番の理由が「良い子だったから」というのが何とも切なくて心震えます。
てかね、就寝前のいーちゃんとの会話。
あそこが一番やられた。
朝になってから姫ちゃんの惨殺死体を発見したシーンはもう自分の中で確定事項になってたので、「やっぱりね」って感じだったけど。
誰かを好きだとか、今幸せか?とか、旅行はどこに行きたいとか。
そういうのはもう止められない破滅への序曲だと思うのですよ。
二人の会話を読んでてずっと思ってたのが「あぁ、これで姫ちゃんの死亡フラグが立ったか……」ということ。
その直後に「ぼくは地獄を見る」ですからね。
ここまで死亡フラグが立った上に、この文章でトドメ。
正直なところ姫ちゃんはかなり好きなキャラなので、勿体無いという気持ちと、これはこれで良かったという気持ちが半々くらい。
結局のところ、このシリーズの中で(少なくともシリーズの終盤までは)絶対に生き残っている必要があるのは、いーちゃん、哀川潤、玖渚友の3人だけだと思うしね。
それ以外はいつ死んでもおかしくないし。
自分の中では、みいこさんや春日井さんも姫ちゃんと同列だから、いーちゃんと近づきすぎればいつ殺されても不思議じゃないと思ってます(苦笑)
あとは何といっても哀川潤……本当に本当に素晴らしすぎます。
「てめえ、何あたしに黙ってんだ馬鹿野郎!」
「どうもじゃねえ! 一姫が死んだこと、なんでさっさとあたしに連絡しねえんだボケ! 連絡しねーどころかてめえ隠蔽工作してやがんじゃねえか! 何があったか知らねえが、ここであたしがお前を責めるとでも思ったのか!? あたしがそんなショボい奴か、馬鹿! 一姫にお前を任せたのはあたしだ、てめえ、なにあたしの責任横取りしてんだよ!! それはあたしんだ、返せ!」
「てめーが何か失敗したってんなら許してやるから、さっさと状況を説明しろ! ウゼえ野郎だな、どーでもいいから、いい加減あたしのこと信用しやがれ! あたしの素晴らしさがなんで伝わらねえ、お前だって本当はわかってんだろ!? あたしは最高だろうが、それともそれが分からないほどにお前は間抜けか!? 今から行くからそこを動くなっ!」
もうね……この一連の台詞だけで姫ちゃんの死という衝撃が完膚なきまでに消し飛ばされましたよ。
ホントにどこまで最高なんだろう。
それ以外の言葉が浮かびませんよ。
このシリーズの”真の主役”はやっぱり彼女だと思う。
視点や構成的にはいーちゃんなんだろうけど、自分は既に彼女が主役の物語と認識。
そして、もう一人の最重要人物である玖渚。
今回は地味ーな出番でしたけど、悪くない感じ。
彼女の人間の分類方法は、いーちゃんと、それ以外という2択なわけですからね。
いーちゃんと仲の良かった姫ちゃんが死んだことなんて、名前も知らない会ったことすらない人が死んだのと同義で。
この反応はは当然というかごくごく普通なものだと思う。
何か、あんまり印象良くないって意見を見かけたので、ちょっと反論してみた(爆死)
自分は玖渚は特に好きでも嫌いでもないけど、少なくとも今回の事件で印象悪くなったって人は今までどういうキャラだと思ってたんだろう?と不思議に思ったので。
読み手(と読み手の代理人である主人公いーちゃん)にとって親しみのあったキャラが死んだのに、そんなことはどうでもいいという態度が気に入らないというなら、それはエゴだと思うんだけどなぁ(苦笑)
とりあえず、他に気になるのはあとがきで出てきた”ラスボス”という言葉か。
まぁ、多分というか、間違いなく狐面の男こと哀川潤の父親(?)のことでしょうけど。
やっぱり今後の展開上、哀川潤は外せないことが確実に。
どんな対峙(対決?)になるのか分かりませんが非常に興味津々。
今後の話は置いておくとして。
この男の話は色々と興味深かったですな。
バックノズルにジェイルオルタナティヴ。
この手の運命論のようなものは、自分が大好きな並列世界を語る時に意外にも重要な要素なんですよね。
世界と運命は深い関係で結ばれてるので、どちらを語るにせよ、もう一方も外せないので。
運命として、たとえ他の道を選んでも最終的に辿り着く場所が一つに定まっている、というのは並列世界の否定になりそうですけど。
なんていうのかな、特殊な並列世界構造になるだけで、やっぱり並列世界であることには変わりないと思う。
つまり、「たくさんの道が一つのポイントに終着するという世界」が大量に、横並びに存在していると思えばそれは並列世界なわけで。
「YU-NO」における普通の並列世界は「とある一点から始まり、無数に分岐していく」とするならば。
こっちの並列世界は「とある一点から始まり、無数の分岐点を経て、あらかじめ定められた一点に終着し、その終着点は再び始点となる」と考えればいいわけで。
非常に面白い原理だなぁ、と。
この手の運命論(世界構成論)が今後も出てくるなら、そっちも楽しめそう。